事例紹介
親族承継
Case1
営業譲渡により事業をスリム化
残した事業を二代目が承継
“跡取り息子”である二代目の意向で、営業譲渡により事業をスリム化。借入金も返済して、残した事業のみを二代目が受け継ぐという方法で、親族承継を成功させた事例です。
喫茶店、カラオケボックス、和食ダイニングチェーンを多角経営するM社は、創業社長であるS氏が昭和40年代に1軒の喫茶店から始め、徐々に店舗を増やして、大きくしてきた会社です。どの店も安定した収益を上げていたばかりでなく、長男が大手企業に数年間勤めた後、M社に入ってS氏の仕事を手伝っていたため、事業は順風満帆、後継者問題の心配もないとS氏も周囲も考えていたようです。
ところが、都心の和食ダイニング1店舗が厳しい競争に負けて赤字転落。見込みはないと考えたS氏が、この店を売却しようと決めたとき、二代目から「和食ダイニングの店舗すべて、あるいは会社そのものを売却してはどうか」という思わぬ意見が飛び出しました。実は、二代目はかねてから「トップの座は荷が重い」「自分には一社員として働くほうが向いている」と考えていたのです。本社ビルを建てたときの借入金が3億円あり、それを何とかしたいという気持ちもあったようです。
二代目からご相談を受けて、和食ダイニング部門のみを営業譲渡し借入金を返済、残りの2業態をいずれ二代目が承継するというプランをおすすめしました。年商8億円のうち、和食ダイニング部門が5億円。喫茶店とカラオケボックスは規模が小さく、好条件での売却が期待できないこともありましたが、その2業態なら代替わりしても安定して経営を続けていけるのではないかという考えもありました。
「自分の子どもに後を継いでほしい」というのは、多くの創業経営者に共通の願い。会社で働いているご子息がいて、創業社長が後を託したいと望んでいるのなら、やはりご子息が後を継げるようにするのが、誰にとってもハッピーな選択になるだろうと思ったのです。
親子でM&Aに前向きに取り組んでいただいた結果、和食ダイニング部門は、自社店舗を構えて派遣スタッフを教育したいという構想を持っていた人材派遣のベンチャー企業に譲渡することができました。その後、喫茶店とカラオケボックスは二代目が承継されたようです。
事業をスリム化したいというのは、あくまで二代目のご意向であったため、創業社長であるS氏からどのような反応が返ってくるのか不安もありましたが、思ったよりスムーズに了承が得られました。長い目で会社の将来を考えたとき、競争の厳しい和食ダイニング部門を無理に維持しようとするよりも、好条件が望めるうちに売却して借入金を返済し、経営基盤を安定させたほうがよいと冷静に判断されたようです。
とはいえ、一国一城の主であることを誇りに思い、寝食を惜しんで会社に尽くしてきたS氏には、「社長になるのは荷が重いし、そもそもなりたいとも思わない」という二代目の考えは理解しがたいものであり、「継ぎたくない」「会社そのものを売却してはどうか」とハッキリ告げられたときは、やはり大きなショックを受けられたようです。実際、二代目はM&Aについて話し合う中で、S氏から「お前がしっかりしていれば売らなくてすむのに」と言われたこともあったと、後で聞きました。
親子の気持ち、価値観のすれ違いは、そう簡単に解消されたわけではなく、水面下でいろいろな葛藤、ぶつかり合いがあったのだろうと思います。
そんな中で親族承継が成功したポイントは、創業社長が「息子に継がせたい」という考えに固執せず、二代目の意志を尊重されたことでしょうか。二代目も「後を継ぐのは無理」と決めつけるのではなく、父親の期待に応えられる方法を前向きに検討された。親子がお互いに歩み寄り、一緒に現実的な親族承継の道を模索したことが素晴らしい結果を生んだのではないかと思います。