INTERVIEW

動物医療の高度化を目指し、
地域の中核動物病院を
大手動物病院グループに譲渡

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奥山獣医科医院 院長 奥山 博之 氏

奥山獣医科医院 院長 奥山 博之 氏

北海道の登別市と室蘭市で動物病院を運営する奥山獣医科医院。長年、地域の動物医療の中核的役割を果たしてきたが、院長の奥山博之氏は2021年末、後継者不在の問題を解決するとともに地方における動物医療の高度化に取り組むため、同院を大手動物病院グループに譲渡した。今回のM&Aの背景や経緯について、奥山氏にお話を伺った。

高齢化が進む地方の動物病院
後継者不在の解決と動物医療の
専門分化・高度化への対応が喫緊の課題

M&Aによる事業承継のきっかけを教えてください。

当院は、獣医師だった父が60年ほど前に立ち上げたのが始まりです。私も父の後を追って獣医師となり、30代で当院を継ぎました。現在は獣医師である妻、スタッフの皆さんとともに、室蘭、登別の2拠点で医院を運営しています。

2人の娘は獣医師とは別の道を選んだため後継者がおらず、数年前から事業承継について考えるようになりました。ありがたいことに、登別と室蘭をはじめ周辺地域の多くの方々が、大切な家族であるペットとともに日々、来院してくださいます。なかには、初代のペットから数えて数十年、私の父の代から通ってくださる方もいらっしゃいます。私が倒れたら地域の動物医療はどうなるのか。飼い主さんやスタッフに不安や負担をかけることはできない――。そんな思いから、M&Aによる承継について考えるようになったのです。

私は31歳で父の動物病院を継いでからこれまで、ほとんど休みなく働いてきました。若いうちは「父を超えようとは思わないまでも、当院を大きく充実させたい」と頑張れても、やはり60歳も近くなると若い頃と同じようにはいきません。妻とも「動物病院を誰かに継いでもらうことを、そろそろ本気で考えないといけない」と話し合っていました。妻は「地域の飼い主さんのためにもしっかりと後継者を見つけ、納得のいく事業承継の用意をしておくべき」と考えてくれていました。

動物病院においてもM&Aの必要性が高まっているのでしょうか?

他の分野の医師と同様に、獣医師も高齢化が進んでいる面があり、多くの動物病院にとって事業承継は課題になってきています。特に高齢の獣医師が営む地方の動物病院は、後継者問題に早急に対応しなければならないと、皆さん悩みを抱えています。

ただ、後継者不在を解決するためにM&Aで病院を譲渡する必要性を感じていても、ほとんどの獣医師は最初の一歩を踏み出せない状況にあります。獣医師は、よくも悪くも「自分の動物病院」という意識が強いためか、事業を第三者に承継したり譲渡したりすることに積極的になれないようです。高齢になっても「自分はまだ頑張れる」と考え、M&Aに踏み切れない面があるのです。

事業・医療の充実に向けた経営統合について、M&Aの必要性は理解されていても、その気運が高まらないのが現状ではないかと思います。

その一方でペット医療の高度化が進んでいる?

奥山獣医科医院 院長 奥山 博之 氏
長年、ペットのかかりつけ医として信頼を得てきたが、近年は医療の専門分化・高度化やニーズの多様化を背景に、これまで地方都市では対応できなかった高度な診療を可能にする病院づくりが課題になっていた。
「M&Aを考えたきっかけは後継者不在でしたが、高度な医療体制を備えた医院へと変化させるためにも、大手との提携は重要でした。譲渡後は、これまで当院だけでは難しかった新たな獣医師の採用や医療設備の充実、ITの活用などに取り組むことができ、心からワクワクしています」

そうです。地方都市においては、動物病院のマーケットは縮小しつつありますが、獣医師をはじめ動物病院に関わる人材の獲得は難しくなっています。また、ペットの診療・治療、病気予防の情報の内容は専門分化し、高度化しています。ペットに対する医療機器・設備も高度化し、獣医師は、その動向を日々キャッチアップして対応しなくてはなりません。飼い主さんの診療や治療に関するニーズも多様化しています。

例えば、人間と同様にペットもがんにかかります。その病状や治療経過はまさに千差万別です。一次診療機関の動物病院では対処できることと、できないことがあります。

北海道では道内各地に一次診療機関としての動物病院があり、その動物病院は「ペットのかかりつけ医」として、一次的な診療・治療を行います。病状や経過、飼い主さんのニーズなどによって、より大きな病院にかかるとなると二次診療機関を受診しなければなりませんが、それに対応できる設備は北海道大学(札幌市)や酪農学園大学(江別市)といった一部の病院にしかありません。地域の動物医療を拡充するためにも、地域に点在する動物病院がいわゆる家族経営から法人経営に移行するなど、施設や機能をより充実させていく必要があります。

多様化するニーズに応えるため
より高度な対応ができる「1.5次化」医療に
共に取り組んでくれる承継先を希望

どのようにM&Aを進められましたか?

奥山博之氏とストライクの市村、石崎
関東や関西の獣医師仲間がM&Aによって動物病院を譲渡した話を聞いていたこともあり、抵抗感はなかったという。
「当初は不安もありましたが、ストライクには動物病院を専門領域とする担当者もいて、情報交換しつつ、スムーズに進めることができました。動物病院業界での譲渡事例は異業種に比べて少なく、相手先探しが難しい中、理想的な承継先が見つかり、満足しています」
(写真右はストライクで動物病院のM&Aを多く担当する市村、写真左は札幌オフィス担当の石崎)

M&Aの仲介については、ストライクに依頼しました。動物病院業界の実情をよく理解されているだけでなく、話しぶりや応対から親身になってくれていると感じたからです。関東や関西の獣医師仲間や先輩方がM&Aによって動物病院を譲渡したという話を聞いていたので、抵抗感はありませんでした。ただ一般的にM&Aと言うと、大企業が行うものというイメージもあり、当初は当院の意図を汲み取って対応してもらえるのかという不安もありました。その点、ストライクには動物病院を専門領域とする担当者もいて、情報交換しつつ、スムーズに進めることができました。

2021年の春に札幌で担当者とお会いし、その後、具体的な候補を複数社ご提示いただき、地域動物医療として求めるところについて共通の理解がある承継企業と年末に契約を交わしました。

スタッフの方にはいつ、どのように伝えましたか?

契約を締結した後、2021年の年末にスタッフを集めて伝えました。そのときは「いったいどんな会社なんだろう」と気を揉んだり、びっくりしてざわついたりしたスタッフもいました。しかし、事業承継の内容や今後の対応などを詳細に伝えると、皆安心したようです。

お相手にはどのような条件を望みましたか?

後任となる獣医師のイメージとして、飼い主さんの気持ちに寄り添える、ホスピタリティを持つ方に来てほしいとお伝えしました。私は動物病院はサービス業であり、飼い主さんの気持ちを汲み取る心がけが大事だと思っているからです。人の内面のことですから難しい面もあるのですが、そのことをまず求めました。

そのうえで、一次診療機関を超えた高度な医療を行える、「1.5次化」とでもいうべき医療に一緒に取り組んでもらえる承継先を希望しました。

「1.5次化」とは?

ペットも人間と同様に呼吸器系、消化器系、循環器系などの疾患があり、飼い主さんのニーズに寄り添いながら、それらの疾患に対応する必要があります。そのような高度化・専門分化する医療に対応したうえで、必要に応じて大規模病院へのスムーズな紹介も可能な体制を整える。それを動物医療の「1.5次化」と呼んでいます。

当院は父の代からこれまで、一次診療を行うペットのかかりつけ医として、さまざまな検査や対応ができるように設備・機器も備えてきました。入院設備のほか血液検査、心電図、ICU、レントゲン、手術機器なども揃えています。しかし、それで十分とは言えません。当院では対応できない治療や手術など、二次診療機関である北大や酪農大に頼らざるを得ないケースもありました。そうなると通院のために車で片道2時間、冬場になると雪の影響で数時間かかり、飼い主さんに大きな負担をかけてしまいます。そこで、できるだけ早期に一次診療を超えた高度な診療に対応できる動物病院にしたいと考えました。

そのためには、高度医療に対応できる獣医師が必要であり、医療設備も充実させていく必要があります。これまでの家族経営ではなし得ないことであり、大手と提携することによって実現できるものだと思います。私がM&Aを考えたきっかけは後継者不在の解決でしたが、これを機に高度な医療体制を備えた医院へと変化させ、地域の動物医療に貢献できないかと考えたのです。

動物病院の医療体制の高度化を考えると、契約と同時に私が不在になるのではなく、承継先が派遣する獣医師と引き続き一緒に取り組む必要があります。当院のスタッフも本人の申し出がない限り、従来の仕事に携わっていただく。事業の引き継ぎをソフトランディングさせることも大事だと感じています。

M&Aは地域の医療を守る選択肢の一つ
大手と提携したことにより
獣医師の採用や電子カルテ導入も早々に実現

医療の高度化に向けて、すでに取り組んでいることはありますか?

奥山獣医科医院

現在は電子カルテの導入を進めています。電子カルテの導入により、ペット(飼い主)ごとにカルテ情報を管理できるようになります。まず、室蘭と登別の2拠点での統合管理を早いうちに実現するように進めています。それができれば既往症の判断、経過対応などはもちろん、当院の2拠点間、当院と大病院間などとの診療・治療情報の伝達も迅速に進みます。

電子カルテ導入のために、承継先の責任者が2名、当院に来られて、今後の対応なども含めて懇切丁寧に説明してくれました。そうした対応も、スタッフが今回のM&Aに対して理解を示し、納得してくれたことにつながっています。

新たな獣医師の採用は進んでいますか?

2022年春からさっそく取り組んでいます。承継企業にお願いしたのは、技術以上に地域動物医療にふさわしいコミュニケーションができる獣医師の採用についてサポートいただきたい、ということです。その点は強くお願いしました。

これまでは室蘭・登別という立地上、新たな獣医師の採用に四苦八苦してきましたが、こちらに移住したうえで着任していただける中堅獣医師さん2名の採用を早々に実現いただきました。お人柄もご経歴も素晴らしく、今後の病院運営を共に進めるうえで信頼できる方々です。

引退後のプランがあれば、教えてください。

引退後のことは具体的には考えていません。いつか来る退任に備え、今はしっかりと次の獣医師に当院の業務を引き継ぐことに専念しています。

動物病院業界での譲渡事例は異業種に比べて少なく、相手先探しが難しい中、ストライクの仲介によってスムーズに理想的な承継先が見つかり、譲渡契約ができたことに満足しています。譲渡後の今は、自分一人ではできなかった動物医療の高度化やITの活用などに取り組むことができ、心からワクワクしています。

動物病院は単なる診療施設にとどまらず、飼い主さんたちの交流の場にもなる地域のコミュニティの一つとなっています。後継者不在の病院にとって廃業も一つの選択肢ではありますが、地域の動物医療を守り、飼い主さんや動物たちに喜んでもらうためにも、M&Aという選択肢があることを知ってもらえるとうれしいです。

本日はありがとうございました。

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