2006年業界ニュース

2006/01
日本物流不動産評価機構――ビジネスモデル
「この倉庫いくらで売れるの?」第三者が物流施設の価値を算出

2005年8月に日通不動産やイーソーコが中心となって発足した組織。物流センターや倉庫といった物流不動産を鑑定・評価するサービスを提供する。オフィスビルやマンションのように、物流不動産が日本のマーケットで適正な価格で取引される環境づくりを目指している。

物流不動産のプロがいない

 埼玉県三郷市、高速道路のインターチェンジから車で10分、敷地面積15,000m2、延べ床面積20,000m2の三階建て、築10年、高床、空調完備――。

 例えば、こんな条件を満たしている物流センターがあるとしよう。あなたは自信を持って以下の設問に答えられるだろうか。この物流センターを賃貸する場合の一カ月当たりの賃料は?もしくは購入する場合にはどのくらいの金額を支払うのが妥当なのか?

 恐らく、物流センターの立ち上げを何度も経験してきたベテランの物流マンであっても回答に窮するのではないだろうか。無理もない。実は不動産取引のプロであるはずの不動産会社の社員でさえ、物流センターの賃料や売買価格の設定には日々、頭を悩ますことが少なくないという。

 オフィスビルやマンションなど数ある不動産商品の中でも、とりわけ物流センターや倉庫といった物流不動産は値付けが難しいとされている。理由は簡単だ。物件を評価する際には不動産だけでなく、物流に関する高度で専門的な知識が問われるからだ。

 例えば、高床式になっていることや、上層階までトラックが乗り入れできるランプウェイ構造を採用していることに、物流センターとしてどれだけの付加価値があるのか。本来、不動産会社はそれを弾き出して賃料や売買価格にきちんと反映させなければならない。ところが、不動産会社はあくまでも不動産のプロであって、物流は門外漢であるため、的確な判断を下すのに苦労しているという。

 不動産業界では、不動産の価値を鑑定・評価する「不動産鑑定士」という国家資格を有する“目利き”たちが活躍している。不動産のプロ中のプロである彼らであれば、値付けが難しいとされる物流センターであっても適正な賃料や売買価格を算出してくれるはずだ。しかし現実にはそのほとんどがオフィスビルやマンション、商業施設などに軸足を置いており、物流不動産を鑑定・評価するためのノウハウに乏しいのが実情だ。

 その結果、物流不動産の目利きが存在しない日本のマーケットでは長らく「地価がこのくらいだから、だいたい賃料はこのくらいだろうといった具合に、曖昧な価格設定の下で物流不動産が取引されてきた」(中堅不動産会社の社員)という。

イーソーコの河田榮司社長

 昔から広く流通しているオフィスビルやマンションは相場が確立されている。これに対して、物流不動産は取引価格の透明性に課題が残されたままだった。それでもこれまで黙認されてきたのは、日本において物流不動産は自社で保有、利用するのが一般的で、市場で取引されるケースがほとんどなかったからにほかならない。

 しかし、最近ではこうした物流不動産マーケットの現状を危惧する声が高まっている。物流のアウトソーシング化や資産のオフバランス化に乗り出す企業が増加し、それに伴い、物流不動産が市場で活発に取引されるようになったからだ。

 とりわけ危機感を抱いているのは物流不動産ファンドに投資している機関投資家や一般投資家たちだ。彼らもまた不動産会社と同じように物流に疎い。そのため、ファンドが投資を勧める物件が本当に将来にわたって高い利回りを確保できるのか。投資をきちんと回収していくためにも、対象物件の価値をきちんと見極めてくれる“プロの眼”が必要になっている。

日通不動産の塩田研太郎営業開発課長

 こうしたニーズに応えようと、昨年8月に発足したのが日本物流不動産評価機構(JA-LPA)だ。JA-LPAは、日本通運の子会社で建物の設計・建築などを請け負う日通不動産と、インターネットを通じて空き倉庫物件を仲介しているイーソーコが中心となって立ち上げた組織で、物流不動産に特化した鑑定・評価サービスを提供している。

 JA-LPAの副委員長を務めるイーソーコの河田榮司社長は「貸し手と借り手、売り手と買い手の間に入って、第三者の立場から公平・中立に物流不動産の価値を評価する。賃貸や売買における不透明感をなくして、誰もが安心して物流不動産をやり取りできる市場を確立することがわれわれの使命だ」と力説する。

各分野の専門家が評価

 JA-LPAでは物流不動産を(1)収益性、(2)土地・建物・管理、(3)マーケット――の三つの視点から評価する。(1)収益性では、対象物件の賃料の妥当性や利回りを分析するほか、入居テナントの評価(テナントクレジット)などを行なう。さらに(2)土地・建物・管理ではデューデリジェンス(投資すべきかどうかの判断材料となる詳細な調査)や法律や安全面での評価を実施。(3)マーケットでは対象物件の立地性やテナント募集の優位性などを分析している。

 図1はJA-LPAが物件を評価する際に使用するチェックリストの一部を紹介したものだ。それに目を通せば、JA-LPAが対象物件についてかなり細かい部分にまで踏み込んで調査を行っていることが理解できるはずだ。オフィスビルやマンションなど一般の不動産商品の評価と共通するチェック項目のほかに、「物流立地としての将来性・安定性」を測ったり、「個人貨物・商業貨物・大口貨物・小口貨物の需要の有無」を調査するなど物流不動産特有のチェック項目を数多く用意している。

図2 JA-LPAの評価基準項目

図2 JA-LPAが提供する評価レポート
イーソーコのホームページ

 このチェック項目づくりで中心的な役割を果たしたのは、JA-LPAの事務局長を務める日通不動産の塩田研太郎営業開発課長だ。不動産鑑定士の資格を有し、過去に1,000件を超える物流不動産を鑑定・評価した実績を持つ同氏のノウハウをベースに、JA-LPAでは独自のチェックリストを完成させた。

 「例えば、建物であれば、外壁にはどんな素材を使用しているか、屋根の構造はどうなっているのか、門扉にレールストッパーがあるのかないのか。それによって物流不動産の評価は大きく変わってくる。しかし、これまで利用されてきた不動産評価のチェックリストには、こうした物流に関する細かな視点が抜け落ちてしまっていることが少なくなかった」と塩田課長は指摘する。

 鑑定・評価の依頼を受けると、JA-LPAではこのチェックリストに沿って対象物件の分析作業に取り掛かるわけだが、ユニークなのはその作業を複数のメンバーで分担して処理している点だ。例えば、建物は建築士に、テナント分析は信用調査会社といった具合に、各分野の専門家たちに評価を委ねている。作業を担当する評価委員のメンバーには日通不動産やイーソーコのほかに、銀行、コンサルタント、公認会計士、倉庫会社などが名を連ねている。

 複数の人にそれぞれ役割を与えて一つの最適解を導き出していく「オープンリソースシステム」の発想を取り入れたのはほかでもない。「物流不動産は一般の不動産商品に比べカバーすべき領域が広い。一つの物件を一人で分析するのには限界がある。調査に時間も掛かる。各分野のプロたちに評価を依頼する手法を採用したのは、専門的知識を寄せ集めることで、評価の精度を高めるのが狙い」と河田社長は説明する。

コンサル機能が強み

 最終的に依頼者は前ページの図2のような「評価レポート」を受け取ることができる。レポートでは対象物件の強みやウィークポイントが「賃料」、「テナント評価」、「利回り分析」といったカテゴリーごとに五段階のレーダーチャートで表示される。さらにカテゴリー別の評価をベースに、(1)収益性、(2)土地・建物・管理、(3)マーケットについて評価点が付与されるほか、各分析担当者が「土地に関しては、地盤がやや悪い‥‥」といった調査結果に対するコメントを提供してくれる。

 JA-LPAでは単に物流不動産を点数評価するだけでなく、依頼者のニーズに合わせた調査にも対応している。例えば、ある倉庫会社から「もう少し高い賃料で借りてくれるテナントを探したい」という相談が寄せられたとしよう。この場合には既存の倉庫のどの部分に改良を加えれば、賃料の引き上げが可能になるのか。調査結果を基に具体的な改善策までアドバイスしている。

 「点数をつけたり、適正な売買価格がどのくらいなのか。数字を弾き出すのはそれほど難しいことではない。クライアントに対して、どの部分をどう改善すれば、収益アップが見込めるようになるのか。専門家集団を抱えているため、そこまで深く踏み込んだかたちで提案できることがわれわれの強みだ。評価機関というよりも、実体はコンサルティング会社に近いのかもしれない」と塩田課長は説明する。

 JA-LPAでは物流不動産の鑑定・評価サービスのほかに、賃料相場のデータベースサービス事業も展開している。イーソーコが扱う年間約8,000件の物件データなどを基に全国各地の賃料相場がどのように推移しているのかを集計。その分析結果を提供することで、取引時の目安にしてもらっている。

 昨年9月にサービスを開始して以来、JA-LPAには鑑定・評価に関する依頼や問い合わせが各方面から殺到している。とくに金融機関からの引き合いが多いという。担保として抑えた物件があるが、その物件はいくらで売却するのが妥当なのかを調べてほしい、といった内容だ。

 米国ではすでに物流不動産の70%をファンド系が所有していると言われている。これに対して日本ではファンド系の所有が5%にも満たない。しかし今後は日本においても資産のオフバランス化ニーズの高まりを背景に、物流不動産の所有と使用の分離が進み、その比率は徐々に高まっていくことが確実視されている。

 企業が物流不動産を手放す。その結果、市場では従来にも増して物流不動産の取引が活発になるのは必至だ。その際に適正な取引が行われるよう市場の番人としての機能を果たすことができるのか。JA-LPAには大きな期待が寄せられている。

(刈屋大輔)

転載元

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